モニター

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第３話　　　　　　　　モニター
　
　「おかしい。なんで、あんなつまらない仕事を引き受けてしまっ
たんだろう。」
　ビルの四階のベランダで、さっきから、一人の男性が手すりにも
たれて、ぼんやり考え込んでいた。彼はこの会社のごく普通の社員
だったが、仕事は大嫌いだった。
　普通の人間なら、仕事をさぼることに罪の意識を感じたり、まわ
りの人間の目を気にしたりするのだが、彼は、どうあってもやりた
くない仕事はやらないという強い意志があった。とにかく、どんな
仕事でも、まず、人に押しつける。どうしても残る自分の仕事はお
おげさに、なるべく他の人の手を煩わすようにする。
　こんなだったから、ときどき社の会議に出るほかは、ほとんど仕
事をしなかった。それでも、この会社では首にならなかったし、同
僚も上司もとやかく言わなかった。仏さまのような会社だと彼は思
っていた。
　しかし、今日は、珍しく考えることがあった。お昼前の会議で、
彼は、仕事を引き受けてしまったのだ。それも、もっとも面倒で、
全く出世の役には立たないコピー係を買って出たのである。
　皆からは賞賛の声と励ましの拍手がわきおこった。心から喜んで、
歓声をあげていた。それは少しおおげさだった。だが、それより、
彼としては、自分がすすんでそんな役をやりたがったことが、不思
議だった。
　「まあ、いいか。頼まれて一、二回やったら、気が変わったから
ってことわればいいんだ。誰が、そんな仕事するかい。」
　こういう問題で良心がうずくような人間ではなかったので、実に
さっぱりとしたものだ。
　彼は、手すりを離れ、ベランダを行き来した。もう、とっくに、
昼休みは終わっているが、彼の場合いつでも一時間は自主的に延ば
しているのだ。
　しかし、次の会議のとき、彼はまたしても、引き受けたのである。
自分から進んで名乗りをあげ、今度はお茶汲みの係になった。皆は
拍手を送り、彼をみつめた。だが、彼自身、どういう気持ちでこん
なことを引き受けるつもりになったのか、皆目、見当がつかなかっ
た。彼としても、少々不安になってきた。
　ところが、その次の会議の席で、またまた引き受けたのは、電話
番である。前、二回のでたらめさもあり、会議にい合わせた他の社
員は拍手も賞賛もしないで、妙に落胆している様子だった。しかし、
彼の心中はただならぬものがあった。
　「俺は狂ったのかもしれない。全くやる気なんてないのに、会議
の席では妙に仕事がしたくなる。ま、結局しないんだから、同じこ
とだけど、心配だ。今日は仕事を休んで病院に行ってこよう。」
　
　彼が会社を早引きすると、緊急会議が開かれた。
　この会社の命運をかけたプロジェクトが失敗に終わるか、否かの
大事なときだった。
　研究しているのは、怠惰な人間にやる気を起こさせる装置で、あ
る種の電磁波を人間の脳に向けて放射する方法だった。
　しかし、実験の結果がおもわしくないのは、だれもが知っていた。
一度目は、その効果に驚き、絶賛したものの、それは一時的なもの
だった。二度目も、三度目も効果はそのときだけで、すぐにやる気
をなくしてしまうのだ。もう、最後の実験しか残っていなかった。
会議室は悲愴な決意に静まり返っていた。
　「彼が、この会社に入ったときからの運命だったのです。我々も
ベストを尽くしました。しかし、もう、これ以外に方法がありませ
ん。彼には、悪いけれど、彼の仕事をしてもらいます。大変な仕事
です。皆さん、前にも増して、彼の労をねぎらうことをこころがけ
てください。明日、彼の頭蓋骨に装置を埋め込みます。彼に神の祝
福あれ。」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ＬＭ

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